38(t)戦車 C型
Pz.Kpfw.38(t) Ausf.C
第8装甲師団 第10戦車連隊 所属車
Pz.Rgt.10 of the 8.Pz.Div.

 完成 Finish of paint  
 C型の作品では第8装甲師団の第10戦車連隊所属車両を再現してみました。
 ということで、作例では1941年のロシア北部を設定してみました。
▼塗装設定はドゥンケルグラウ単色で、塗料はクレオスのジャーマングレー"ドゥンケルグラウ"3色(513,514,515)を吹き付けました。

▼C型の特徴である厚くなった車体前部の装甲板を再現していますが、説明がないと多分誰も気付かないでしょうね。

▼第8装甲師団の38(t)戦車は独自の雑具箱などの装備が確認できませんでした。これは、戦歴を見てのとおり戦闘が続き、1941年当初に創設されたような若い師団と比較してバルバロッサ作戦参加への準備期間が持てなかったからだと考えられます。
 そこで、作例では軍から部隊に引き渡された状態、つまり車外装備品は標準的な位置に取り付けました。

▲車体左側には牽引ケーブル、ショベル、ツルハシを、フェンダー上にはハンマーとバールを取り付けています。ドイツ製戦車とは異なり、工具は革ベルトにより装着するため、大雑把な取付例が記録写真で確認できますが、模型映えを考慮して作例ではきっちりと装着しました。
 トライスターのキットでは牽引ケーブルを省略していますが、それを再現することで断然精密感が増します。

▼作例のマーキングですが、基本的にSTAR DECALSの「PzKpfw 38(t) PRAGA Op.Barbarossa and Early war years」(35-C1249)を使用しました。

 しかし、STAR DECALSの砲塔番号「9」は説明ではC/D型ですが、実際はE/F型なので使用できず、同じ大きさの黄色い数字を探していたところ、ミニアートのⅢ号戦車B型のデカール「10」が使えそうなので流用しました。
 ちなみにトライスターB型のキットのデカールの中にも砲塔番号「9」があり、第7装甲師団と解説していますが、正しくは第8装甲師団であり、数字が白文字になっているので注意が必要です。

▼国籍マークであるバルケンクロイツが機関室後部上面に描かれているのが第8装甲師団の特徴であり、これが他の師団との識別点になっています。(例外あり) この師団では白フチのみのものと中心に黒の中帯が入ったものが確認でき、中隊により異なるようです。

▲作例ではSTAR DECALSのものをそのまま貼りましたが、この「10」号車は白フチのみの方が正しいのかもしれません。

▼師団マークもSTAR DECALSのものですが、トライスターのデカールの方が品質がよく厚みが薄いので推奨します。

▲なお、この師団マークは1941年以降のものであり、1940年のフランス戦時にする場合はマークを変更する必要があります。

▼車間表示灯はC型なので後部右側に、丸い尾灯は左側に取り付け、電気コードは機関室に引き込まれているように配線しました。

▼車体右側の車外装備品も規定された位置に取り付けました。

▼C型と第8装甲師団という超マイナーで誰も作ろうとしない取り合わせになりましたが、一応完成できて個人的に満足しています。(2020年10月完成)

第8装甲師団 第10戦車連隊について

 1939年10月に創設され、主軸となる第10戦車連隊はポーランド戦で38(t)戦車A型が配備されていた第67戦車大隊(旧第3軽師団)で、それに加えた第Ⅰ大隊と第Ⅱ大隊の3個大隊で編成されていました。

■戦 歴
 1940年5月のフランス戦(黄色作戦)においては当初、クライスト装甲集団に属していましたが、6月にはグデーリアン装甲集団に転属しています。ちなみにこの時期の当初配備数は、Ⅱ号戦車58両、38(t)戦車116両、Ⅳ号戦車23両、38(t)戦車指揮戦車15両で、当時の主力戦車として期待されていたⅢ号戦車は開発の遅れから配備されていませんでした。
 1941年1月付けで第67戦車大隊は第Ⅲ大隊に改編され、同年4月のバルカン戦(マリータ作戦)においては第46装甲軍団に属し、当初配備数はⅡ号戦車49両、38(t)戦車125両、Ⅳ号戦車30両、38(t)戦車指揮戦車7両でした。(この戦いでⅡ号戦車5両、38(t)戦車7両、Ⅳ号戦車2両の損失あり)
 さらに1941年6月のロシア侵攻(バルバロッサ作戦)においては北方軍集団に所属してレニングラードを目指し、当初配備数はⅡ号戦車49両、38(t)戦車118両、Ⅳ号戦車30両、38(t)戦車指揮戦車7両、Ⅲ号指揮戦車8両でした。(他にⅠ号戦車11両の資料あり)

■第8装甲師団のマーキングシステム
 第8装甲師団所属戦車のマーキングシステムについては知らなかったので、手持ち資料で調べてみました。
 まず、フランス戦に撮影された車両の写真を見る限りでは、国籍マーク(バルケンクロイツ)と平行四辺形のプレートに描かれた3桁の所属番号の他は、師団マークや砲塔番号はあまり確認できません。それが第7装甲師団との識別点でもありましたが、クライスト装甲集団やグデーリアン装甲集団に属していたことを示す「K」や「G」の白字マークが車体前部右側に描かれている車体は確認できます。
 その後、開始時期は不明ですが、砲塔側面及び後部に師団マークと大きな数字が黄色で描かれるようになりました。
 よく目立つローマ数字の「Ⅱ」や「Ⅲ」は大隊の本部中隊所属車であることは分かりますが、アラビア数字が何を示すか不明でした。
(確認できた数字は1,3,4,5,6,9,10)
 さらに砲塔側面後部には戦車部隊を示す戦術マークと思われる平行四辺形とその横に小さな数字が白色で描かれており、平行四辺形のマークはポーランド戦時に第67戦車大隊所属の38(t)戦車の砲塔に描かれていたので、その名残だと考えられます。
 それらの数字の意味するものの手がかりとなったのが、平行四辺形のプレートに描かれた3桁の所属番号で、手持ち資料を調べていくと3桁の百の位の数字と砲塔の数字が同じであることが分かってきました。

【サンプル】  
121,141,142→砲塔番号「1」、535,542→砲塔番号「5」、
601→砲塔番号「6」など

 つまり、中隊を示していると考えられるのです。
 その後、平行四辺形のプレートが廃止され、機関室に2桁の白い数字が描かれるようになり、これは小隊と小隊内番号ではないかとの仮説にたどり着きました。まだ、データ不足で断言できませんが、ご存知の方はご教示願います。

  ご意見、感想などがありましたら掲示板「38(t)戦車C型」にコメントをお願いします。
 コメントが面倒だという方は、今後の励みになりますので下の「拍手」のボタンを押していただければ幸いです。

web拍手 by FC2

inserted by FC2 system