タミヤの38(t)戦車を考証に基づき作ってみた(その1)

38(t)戦車F型 
Pz.Kpfw. 38(t) Ausf.F

製作(1)  Model making(1) 

■使用キット

 E/F型のキットは複数のメーカーから発売されていますが、タミヤのE/F型キットをF型(E型後期)として製作しました。(以下、本文中の「キット」はこのキットを示します。)
▼軽戦車38(t)E/F型(タミヤ 2019年12月発売)


■タミヤのキットについて
 作る前にキットの特徴を把握してその課題を考えます。
●古いキットからパーツを流用している

 このキットはすべてが新設計ではなく、2001年に発売された「対戦車自走砲マーダーⅢ(7.62cm Pak36搭載型)」(35248)の転輪や懸架装置などの足まわりのパーツであるAランナーの金型やエッチングパーツなどが再使用されています。
▼対戦車自走砲マーダーⅢ(7.62cm Pak36搭載型)

  既存の金型を利用することは、開発コストの削減を図るもので仕方がないことですが、考証面に問題があれば、修正する必要があります。 
●特定の部隊仕様の製品になっている
 このキットで特筆すべきことは、その車体が1941年のバルバロッサ作戦時(ロシア侵攻)における第19装甲師団仕様に特定していることです。
 この装甲師団の特徴的な雑具箱のパーツは既にイタレリ、ドラゴン、トライスターの各キットに付属しているので、今さらめずらしいことではありません。
▼イタレリの38(t)戦車F型

▼ドラゴンの38(t)戦車E/F型

  タミヤ製品は基本的に標準仕様(工場から軍に引き渡された状態)が対象で、1/48スケールの同社のキットも標準仕様ですが、いろいろな部隊の車両を再現できるメリットがあるのに、あえて標準仕様にしなかったのは、パーツ数を少なくして組み立てやすくすることを優先したからだと考えられます。(しかし、標準仕様や他の師団仕様に改造するには中級者でもハードルが高い気がします。)
●キットの設計方針とは
 タミヤは、なぜこのような設計方針にしたのでしょうか。
 それはこれまで述べたようにパーツ数を極力減らすことで、金型のボリュームを抑えて開発費の削減を図ったことだと考えられます。(個人的な見解)
 商売という観点から考えると38(t)戦車は主砲が小口径の短砲身でどう見ても貧弱であり、ドイツ製戦車と比較して知名度が低いため、販売力が弱いと判断されたのでしょうし、それがこれまで製品化が遅れた要因だったと考えられます。(Ⅰ号戦車が未だに発売されないのも同じ理由でしょう。)
●キットの攻略法
 キットのパーツを見ていくと、他のメーカーのキットと比較しても、いくつかのパーツが省略されていることに気付きます。また、古いマーダーⅢのキットで指摘されていたパーツがそのまま使用されているのも気になりましたので、それらを修正することにしました。

■タミヤのキットの取材対象車両は?
 タミヤは、現存している実車を現地取材して製品化することが知られています。
 しかし、その実車が曲者(くせもの)で、部品が欠損していたり、オリジナルとは異なる部品が取り付けられていることがよくあるため、注意が必要です。
 キットの設計者がドイツ戦車に詳しい人とは限りませんので、私は取材対象がどこの博物館のどの車両なのかを調べています。
 タミヤでは時々、タミヤニュースの新製品紹介で取材対象車両を紹介したり、その取材写真の一部を掲載することがありますが、38(t)戦車については何ら情報提供がありませんでした。
 そこで、キットのパーツを分析した結果、ロシアのパトリオット・パーク(モスクワ州 クビンカ)に保存展示されているF型(以下「クビンカの車両」)だと推測しました。もちろん、これ以外の車両も参考にしていると思います。(特定した複数の根拠については後述)
▼展示されているF型(2021年6月27日撮影 Riverfield氏からの提供)

 この車両の車台(生産)番号は「793」(博物館情報)で、その番号から1941年5月又は6月に生産されたF型だと特定できます。(1941年5月はE型とF型、そしてS型が並行生産されているため、番号から生産月を判断するのは困難)
▼同じF型の後部。マーキングは第20装甲師団第21戦車連隊所属車を想定。

  また、この車両は1941年7月にソ連軍により、ほぼ完全な状態で鹵獲(ろかく)され、クビンカで調査されたという記録が残されており、車台番号と照合しても矛盾はありません。
 現在は稼働状態で保存(動態保存)され、装備品が欠損していますが、他の保存車両と比較しても、かなりオリジナルに近い状態が保たれており、個人的には取材対象としてはベストな選択だったと思います。(この車両の走行映像は動画サイトで見られます。)

■実車解説(F型の特徴とは)
 工作に入る前にF型の特徴を知っておく必要があるので、簡単に紹介します。
 第6生産シリーズのF型は、E型の後期生産型と外観的に変わりはなく、マフラーの上方への移設は当初から行われていました。その他に装甲付きの発煙筒ラックの装備や機関室点検ハッチのリベットの一部廃止が生産途中から行われ、さらに1941年7月頃からG型で見られるようにノテックライトがフェンダー前部から車体前部に移っていることなどがあげられます。
 また、1941年5月30日付けにて200リットル入りドラム缶搭載のトレーラーを牽引できるようにピントルフックの取り付けが指示されていますが、この牽引ピントルフックはバルバロッサ作戦参加車両向けの装備(例外あり)と思われ、G型では見られません。
 F型は1941年5月から10月までに250両が製造され、5月はE型と並行生産されていることから、外観からは識別できません。

■模型設定
 私が製作する車両は、38(t)戦車が配備されていた主な装甲師団(7,8,12,19,20,22)の中からキットと同じ第19装甲師団(第27戦車連隊)を選択し、1941年6月のバルバロッサ作戦時の仕様としました。
 さらにキットの箱絵に描かれ、キットに付属しているデカールにある砲塔番号522号車とし、考証に基づき、製作することにしました。
▼キットの塗装参考図

  この522号車を製作し完成させたモデラーは多いと思いますが、あえて考証に基づき作るとどうなるかが、気になったので挑戦してみました。
【注意】
 タミヤでは「Panzer Division」を戦車師団と日本語表記していますが、ここでは装甲師団という表記で統一しています。

■522号車とは
 第19装甲師団の戦車の砲塔番号は三桁なので、簡単に所属部隊が分かります。
 つまり、百の位は中隊を、十の位は小隊を、一の位は小隊内番号を示し、「522」の場合、第5中隊第2小隊2号車となります。
▼この522号車の元ネタ写真が気になったので探してみました。

▲Tankogradの「Panzer 38(t)」の書籍紹介における画像サンプルがネット上で見られるので、ご存知の方が多いと思います。箱絵も参考にしたようで同じようなアングルですね。
 なお、この写真は情報量が多いので、製作過程で個々に解説したいと思います。
▼もう一枚の写真がこちら

  こちらはソ連軍が1941年12月にモスクワ近郊で撮影したとされるもので、この時期まで生き残っていた事に驚かされます。(6月22日時点の38(t)戦車の配備数は110両でしたが、12月6日時点の稼働車両は17両まで減少)
 冬季迷彩が施されているので、塗装の参考になりますが、この写真についても製作過程の中で解説していきます。

  次回からはクビンカの車両と2枚の記録写真を参考にしてキットの製作過程を順次紹介していく予定です。(続く)


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