タミヤの38(t)戦車を考証に
基づき作ってみた(その9)

38(t)戦車F型 
Pz.Kpfw. 38(t) Ausf.F
第19装甲師団 第27戦車連隊 所属車
Pz.Rgt.27 of the 19.Pz.Div.

製作(9)  Model making(9) 
■車体右側面のマーキング Marking of the right side
 マーキングについて前出の記録写真で考察していきます。

▲気になるのが国籍マークであるバルケンクロイツ(Balkenkreuz)の横のアラビア数字の「1」のようなマークです。
▼タミヤのデカールで確認します。

▲記録写真を参考にしたようで、こちらも「1」に見えます。これは何でしょうか?
▼同じ第19装甲師団の第6中隊のⅣ号戦車D型に、これが鮮明に写された写真がありました。

▲これは、狼の罠を図案化したヴォルフス・アンゲル(Wolfsangel)で、第19装甲師団の師団マーク(師団章)です。
 このマークは第100戦車大隊(火炎放射)(Pz.Abt.(f).100)の大隊章としてⅡ号火炎放射戦車(D1型)に描かれていたり、これを横にしたものが北アフリカで活躍した第15装甲師団の第8戦車連隊(Pz.Rgt.8 of the 15.Pz.Div.)の連隊章として用いられていました。また、第2SS装甲師団「ダス・ライヒ(Das Reich)」の師団章もよく似ていますが、きたむら ひろし氏によれば、こちらはルーン文字をデザインしたようです。
 師団マークは、1940年の西方戦役の参加師団に対して陸軍総司令部が部隊の識別用に記入を指示したのが始めとされ、装甲師団には黄色(Gelb, RAL 1006)、歩兵師団は白色、山岳師団は緑色が割り当てられ、戦車には原則として車体前後左右の4箇所に描かれていました。
 第19装甲師団所属の戦車を想定しているのであれば、ネットで調べれば、どのような形状か分かるはずです。
 タミヤのデカールは、なぜこのような不完全なマークにしたのでしょうか?
 箱絵では損傷した様子で描かれており、ダメージを受けた状態を表現しているのでしょうか?
 1つ考えられるのは、このマークがヒトラーユーゲントが使用していたことから、それが連想されるので、現在のドイツの刑法で使用が制限されており、その影響かもしれません。
 では、第19装甲師団を対象にした他社のキットではこのマークをどのような扱いをしているのか、確認してみました。
▼残念ながら、トライスターとドラゴンのE/F型キットではこの師団マークは付属せず、イタレリのF型キット(6489)では1個だけ正しい形状のマークが付いていました。

▼また、タミヤでは1997年に「ドイツ車輌デカールセットE」(66638)を限定販売しており、これには部隊マークや戦術マーク、国籍マークなどが多数収録され、このマークなども含まれていました。(絶版・店頭在庫のみ)

▲こちらのマークは横棒が斜めではなく、水平に引かれていますが、このような例も確認できます。
▼作例ではマークの再現度が高いSATR DECALSの「Pz.Kpfw.38(t) Op.Barbarossa and Early war years」(35-C-1249)のデカール(D3)を雑具箱に貼りました。 (個人的には赤味が少し不足していると思いますが)


■車体左側面のマーキング Marking of the left side
 次に522号車の記録写真では確認できない左側面のマーキングを検証してみます。
▼まずはタミヤの塗装・マーキング図を見てください。

 師団マークとバルケンクロイツの間隔が狭く、違和感がありましたので、522号車と同じ第5中隊の記録写真で確認してみます。
▲不鮮明ですが、バルケンクロイツと師団マークの間隔はキットのデカールに比べて離れているように見えます。
▼次の写真は滝口 彰氏から提供していただいたもので、砲塔番号から第5中隊とわかり、師団マークは前寄りに描かれ、バルケンクロイツとは離れていることが鮮明に確認できます。

 ちなみにこの位置関係は第5中隊のみの特徴で、他の中隊では師団マークが雑具箱に描かれていなかったり、バルケンクロイツが雑具箱の後方に描かれていたりしています。
▼作例では記録写真を参考にデカールを貼ってみました。


■車体前部のマーキング Marking of the front
 次に車体前部を確認します。
▼師団マークは原則として前後左右の四箇所に描かれているはずですが、タミヤの塗装・マーキング図では何も描かれていません。

 そこで、戦闘室前部に師団マークが写っている記録写真を探してみました。
▼こちらは無線手用クラッペの上に描かれている例で、他の装甲師団でも確認できます。

▼こちらは操縦手用クラッペ横に描かれている例です。
 
▼第5中隊の事例は確認できなかったので、実際に描かれていなかったもしれませんが、作例では無線手用クラッペ上にデカールを貼りました。


■車体後部のマーキング Marking of the rear
 次に車体後部のマーキングの考察ですが、タミヤの塗装・マーキング図ではバルケンクロイツ以外は何も描かれていません。

 他の装甲師団の砲塔後部にはバルケンクロイツや師団マーク、砲塔番号のいずれかが描かれており、何も無いのに違和感がありましたので、記録写真で調べてみました。
▼こちらは522号車と同じ第5中隊の車両ですが、砲塔後部の幅一杯に砲塔番号が描かれています。

▼こちらは作例と同じ522号車の車体後部が撮影された初公開のお宝写真で、滝口 彰氏に見つけていただきました。 

▲砲塔後部全体に番号が描かれ、「5」と「2」の間には①師団マークが確認できます。(中央の「2」の上部は小さな箱に描かれているようです。)
 マーキングの話から逸れますが、車体後部の装備品に目を移すと②車間表示灯③尾灯(カバー付)は旧型の支持架に装着され、マフラーは上部に移設しており、マフラー中央上部には④ワイヤー用ガイドパイプの一部が確認できることから牽引ピントルフックが装備されていることが推測できます。
 さらに、滝口氏が注目したのが、この時期ではめずらしいベレー帽(Panzerschutzmütze)を戦車兵が被っている事です。ヘッドフォンの着用に不便なため、1941年1月に廃止命令が出て、この時期ではキットのフィギュアが被っている1940年に採用された黒い戦車兵用の略帽が一般的なのですが、バルバロッサ作戦時においてもベレー帽を愛用している戦車兵がいたことは興味深い事です。
 閑話休題。
▼作例ではタミヤのカスタマーサービスを利用してデカールを取り寄せて、砲塔後部に砲塔番号と師団マークを貼りました。 (5の字体が少し違いますが(汗)

▲前後の師団マークはタミヤのものを利用しましたが、よいデカールがあれば、貼り替えたいと思っています。(小さいので裸眼レベルでは、これでも気にならないのですが・・・)

■砲塔番号112号車の考察
 タミヤのキットでは砲塔番号522号車の他に112号車のデカールも含まれていますが、これも考証的に怪しいので検証してみます。

▲この塗装・マーキング図では「第戦車師団1941-42年 ロシア」と説明していますが、「第19装甲師団」の間違いではないでしょうか?
※タミヤでは"Panzer Division"を「戦車師団」と日本語表記していますが、ここでは「装甲師団」の表記で統一しています。
▼こちらが112号車の元ネタと思われる写真です。

 実はこの車両を長い間、第装甲師団の車両と誤って解説されていたことに起因しているようで、タミヤばかりではなく、トライスターやドラゴンなどのキットの組立説明書でも別の車両ですが、同様な誤りが確認できます。
 しかし、上の写真が第装甲師団の車両であれば、砲塔番号は白フチ付きの赤色で、砲塔後部には砲塔番号ではなく、バルケンクロイツと師団マークが描かれているはずです。
 誤りの原因は、2つの師団がバルバロッサ作戦時では共に中央軍集団の第3装甲集団に属していたことから、同一場所(リトアニアの首都ヴィリニュス)に立ち寄り、そこで撮影されていたことにありました。
 きたむら ひろし氏によれば、第装甲師団がここに到着したのが1941年6月24日であり、第19装甲師団がこの場所を通過した日が6月30日なので、予備知識がない人が2枚の写真を見れば、両方ともに砲塔番号が白フチの赤字であることから、2つの師団の車両を混同しても無理がないことです。
 第19装甲師団の車両を第装甲師団とした誤りについては、アーマーモデリング1999年10月号に掲載された「パンツァーブラット第16回」における第7装甲師団の塗装とマーキングの解説で、きたむら ひろし氏が初めて指摘したと記憶しています。
 その後、2015年に刊行された「Pz.Kpfw.38(t) in Wehrmarht photo album part 2(Capricon publications)」で特徴的な雑具箱とジェリカン・ラックは第19装甲師団特有の装備であることが明らかになり、国内の書籍では「グランドパワー2020年12月号」(No.319)での寺田光男氏の解説で、ようやく訂正されました。
▼さらに、この112号車では別の誤りがありましたので、次の写真で確認します。

▲注目してほしいのは、砲塔前部装甲板を結合するボルトの数で、6個確認できます。ボルト数で型式が識別でき、ボルト6個はA~D型の特徴であり、E/F型ならば、ボルト4個のはずで前部装甲板の厚みも足りないようです。
 前掲した元ネタ写真ではヘルメットでボルト数の全体は確認できませんが、ボルトの間隔や砲塔側面の装甲板の厚さなどから、ある程度A〜D型ではないかと推測できます。
 いずれにせよ、第19装甲師団専用の特徴的な雑具箱とジェリカンラックを備えた第装甲師団の車両は存在せず、112号車を第19装甲師団として「112」のデカールを使用するためにはタミヤのキットベースでは車体と砲塔を大改造する必要があり、かなりの手間になります。
 第19装甲師団のマーキングは中隊レベルごとに異なり、個人的には興味深いものがあります。しかし、このようなマイナーな師団のマーキングについて詳しく解説した書籍がこれまで無かったのが事実であり、専門家でもない模型メーカーの担当者が知らなくても無理がないと思います。いずれタミヤが改訂版を出すのではと勝手に期待していますが、デカールについてはサードパーティー製品としても商機があるのではと妄想しているのは私だけでしょうか?

 いよいよ次回は完成写真を掲載します。
 また、第19装甲師団の簡単な戦歴や砲塔番号の参考になる部隊編成についても書く予定です。(続く)


 
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