考察雑記帳  Study

 ドイツ戦車の38cm幅履帯について考察してみました

Ⅲ/Ⅳ号戦車の38cm幅履帯 38cm track

 Ⅲ号戦車A型からD型までのキットを製作するにあたり、それらの車両で用いられた履帯について整理してみました。
 この履帯は、以前は「36cm幅履帯」とされ、最近は「38cm幅履帯」の表記が定着していますが、なぜそのようになったのかを資料とキットから時系列に振り返って見てみます。

■資料でみる履帯表記の変化
▼「DER PANZERKAMPFWAGEN Ⅳ UND SEINE ABARTEN」(Motor buch 1975年)


▲ドイツ戦車のバイブルともいえる本でⅣ号戦車A型からE型までの履帯幅は360mm、F型以降は400mmと記載されていました。

▼「DER PANZERKAMPFWAGEN Ⅲ UND SEINE ABARTEN」(Motor buch 1984年)

▲Ⅲ号戦車A型からG型までの履帯幅は360mmで、H型以降は400mmと記載されれていました。これらの資料から私はアハパンで疑うこともなく「36cm幅履帯」として紹介していました。(今読み返してみると40cm幅履帯は「Kgs.61/400/120」であると記載)

▼「Sturmgeschütze」(Motor buch 1991年、大日本絵画 1997年)

▲この本で、Ⅲ号突撃砲A型の履帯型式記号が「Kgs.6100/380/120」であり、連結ピンを含まない履板本体の幅は36cmであると紹介されました。
 しかし、Oシリーズや肝心のⅢ号戦車、Ⅳ号戦車の履帯型式記号は不明のままでした。

 ちなみに、この履帯型式記号の意味を初めて知ったのは「DER PANZERKAMPFWAGEN PANTHER UND SEINE ABARTEN」(Motor buch 1991年、大日本絵画 1998年)で、 これは陸軍兵器局第6課が定めたもので、①履帯形式 ②履帯の材質 ③連結方法 ④設計番号 ⑤連結ピンを含んだ履帯幅 ⑥ピッチ長を表し、
Ⅲ号突撃砲A型の「Kgs.6100/380/120」の場合、
①Kは自動車用高速走行型履帯(Schnelläufige Ketten für Kraftfahrzeug)
②gは鋳造製(Stahlguß aller Legierungen)
③sはドライ(乾式)連結ピン式(Schwimmende Bolzen)
④6100は設計番号(Bauform)
⑤380は連結ピンを含んだ履帯幅が380mm
⑥120はピッチの長さが120mm を示します。

 話を元に戻します。
▼「PANZER TRACTS No.4」(1997年)

▲Ⅳ号戦車の履帯型式記号が明らかになり、Ⅳ号戦車A型~C型は「Kgs.6110/380/120」、D型~E型は「Kgs.6111/380/120」と紹介されました。

▼「PANZER TRACTS No.3-1」(2006年)

▲Ⅲ号戦車A型~D型の履帯型式記号が「Kgs.6109/380/120」で、センターガイドの高さは100mmであると紹介されました。

▼「PANZER TRACTS No.3-2」(2007年)

▲Ⅲ号戦車E型~G型の履帯型式記号が「Kgs.6111/380/120」で、センターガイドの高さは80mmであると紹介されました。

 これらの本が出版されるまでは、「36cm幅履帯」と「38cm幅履帯」の区別が不明でしたが、履帯型式記号がすべて明らかになり、Motor buchで記載された「36cm幅履帯」は連結ピンを含まない履板本体の幅を示し、「40cm幅履帯」は連結ピンを含んだ数値であり、それらを一緒に履帯幅として表示していたため、混乱を招いたことが分かってきたのです。
 もし、「36cm幅履帯」を表記として用いるのであれば、「40cm幅履帯」は「38cm幅履帯」とすべきですが、「40cm幅履帯」の表記は一般的であり、履帯型式記号と同じ数値を使用すれば、混乱しないことから、最近では「38cm幅履帯」と表記するのが妥当と判断され、以降の資料ではそのように表記されるようになりました。
 なお、アハパンでも重版時において表記を順次訂正させていただいていました。

■履帯キットでみる商品表記の変化
 次に履帯キットの変遷を見てみましょう。
▼ATL-02 「PZⅢ/Ⅳ 36cm track」(Friulmodel)

▲日本国内では1995年に販売されたハンガリーのメタル製履帯キットで、この当時では一般的であった「36cm幅」の表記になっています。しかし、現在も流通していることにより、予備知識のない人に混乱を与える原因になっています。(国内ではⅢ号A-G/Ⅳ号A-D用として販売されています。(2020年8月時点))
 ちなみに、発売当時はこの履帯を履かせる車両のインジェクションキットは存在せず、レジンキャストキットのみでした。

 その後発売されたのがモデルカステンのキットです。(ちなみにSKシリーズ(可動式)の前のKシリーズ(連結式)では38cm幅履帯は発売されていません。)
▼SK-26「Ⅲ/Ⅳ号初期型用キャタピラ(36cm幅)(可動)」

▲ドラゴンが初のインジェクションキット(Ⅲ号戦車E型など)を発売したことにより、それに合わせて1997年に発売されたもので、ドラゴンのⅢ号戦車/突撃砲キットにこのキットが使用できるようにデフセット(最終減速機カバー)とスプロケットホイール(起動輪)を回転させるためのアダブダーが付属しています。

▼SK-26「Ⅲ/Ⅳ号初期型用キャタピラ(36cm幅)(可動)」

▲タミヤのⅣ号戦車D型にこの履帯を履かせるためにフリウル製スプロケットホイールを同梱して1997年に発売されたもので、Ⅳ号戦車用を示す「」の表記がありました。しかし、後述するSK-57の発売に伴い、現在は絶版となっています。

▼SK-57 「Ⅳ号戦車初期型用(38cm幅)履帯(可動)」

▲Ⅳ号戦車の履帯型式記号が明らかになったことで、2002年9月に発売されました。 センターガイドが2種類(高・低)付属して選択でき、タミヤ製Ⅳ号戦車D型にこの履帯を履かせるためにアダブターリングが付いています。
 ちなみにセンターガイドの低い方がA型~C型用、高い方がD型・E型用を想定しているようです。

▼SK-26「Ⅲ号戦車/突撃砲初期型用履帯(36cm幅)(可動)」


▲SK-57の発売に伴い、2008年にパッケージを変更してⅢ号戦車専用になりました。 しかし、流通の混乱を避けるためか、商品表記に「」が残され、(36cm幅)も(38cm幅)に改められていませんでした。
※同社のネット通販HPでは「38cm幅履帯」と表記され、パッケージと異なるため、混乱を招いています。(2020年8月時点)

 最近販売されたのが、ロシアのMaster Club(マスタークラブ)のキットです。
▼MTL-35014「Pz.Kpfw.Ⅲ 380mm, short horne」(Master Club)



▼MTL-35015「Pz.Kpfw.Ⅲ 380mm, long horne」(Master Club)


▲共に2017年11月の発売で、センターガイドが低いタイプと高いタイプを再現しています。 メーカーの商品パッケージでは「Ⅲ号戦車」用の表示になっていますが、日本の輸入卸のM.S.モデルズは「Ⅲ/Ⅳ号戦車」用として販売しています。表示変更の意図は不明ですが「Ⅳ号戦車」用の38cm幅履帯は未発売です。(2020年8月時点)

■38cm幅履帯のまとめ
 これまでの説明で38cm幅履帯が1種類だけではないことが理解できたと思います。
 それをまとめた資料がモデルグラフィクス誌2002年11月号(通巻216号)にありました。
▼Ⅲ/Ⅳ号戦車で用いられた履帯を12種類に分類した表

▲モデルカステンの設計者である富岡吉勝氏がSK-57の発売に伴いまとめたもので、そのうち38cm幅履帯は6種類に分類して紹介していました。
 「PANZER TRACTS」でⅢ号戦車の履帯型式記号が明らかになる前の資料なので、36cm幅履帯が混在していますが、これまでの考証をもとに4種類に分類して個人的見解でまとめてみました。(三面図は参考のため、富岡氏作図のものを表示しています。なお、適用車種は標準的なもので混用や例外等は除いています。)
▼Kgs.6100/380/120
 ・適用車種 Ⅲ号突撃砲A型


▼Kgs.6109/380/120
 ・適用車種 Ⅲ号戦車A型~D型
       Ⅲ号突撃砲Oシリーズ
       指揮戦車D1型
 ・特 徴  センターガイドの高さは100mm


▼Kgs.6110/380/120
 ・適用車種 Ⅳ号戦車A型~C型
 ・特 徴  センターガイドの高さが「Kgs.6111/380/120」より低い


▼Kgs.6111/380/120
 ・適用車種 Ⅲ号戦車E型~G型
       Ⅳ号戦車D型、E型
 ・特 徴  センターガイドの高さは80mm



 なお、富岡氏は履帯の混用も述べられているので、その使用例を紹介します。
▼この写真は滝口彰氏からご提供いただいたもので、Ⅲ号戦車B型の公式記録写真です。

▼上の写真をトリミングしたもので、センターガイドの高さが違う2種類の履板が混在していることが確認できます。

▲高い方が「Kgs.6109/380/120」で、低い方は自信がありませんが「Kgs.6111/380/120」ではないかと推定しています。
▼なお、富岡氏は上記の4種類以外に図のような履帯が存在すると紹介しており、写真の履帯がこれかもしれません。


■Ⅲ号戦車A型~D型の履帯
 さて、長い前振りになってしまいましたが、キットの製作に当たりブロンコのA型とミニアートのB型~D型のキットの履板パーツがⅢ号戦車A型からD型までの38cm 幅履帯「Kgs.6109/380/120」を再現しているのかをモデルカステンのSK-26Ⅲ(「Kgs.6111/380/120」を想定)と比較検証してみることにしました。



 ブロンコとミニアートのセンターガイドの高さがモデルカステンよりわずかに高いことが確認でき、A型~D型用の「Kgs.6109/380/120」を再現しようとした意図が感じられます。実物での高さの差は20mmであり、1/35では約0.57mmなので、人によっては許容範囲内かもしれませんが、個人的にはセンターガイドを三角形の形状にして近づけて差別化を図ってほしかったという思いがあります。私が若いときは自作していたと思いますが、メーカーの意図を尊重してキットのパーツをそのまま使うことにしました。(長い言い訳だな(笑))

■38cm幅履帯の製作
 ミニアートのパーツは湯口が5つあり、ヤスリで1つ1つ整形しなければならず、数が多いので、作るには相当の覚悟が必要になります。(中には一体成形のセンターガイドや連結ピンを通す穴がふさがっているパーツが存在しました。)

 ちなみにブロンコとモデルカステンの湯口は共に3つですが、モデルカステンの湯口は片方だけなので、E/F型製作時においてヤスリがけは簡単に行う事ができました。
 組立説明書ではB型は片側92枚、C型は片側98枚、D型は片側96枚とあり、私の場合はA型からD型までの4台を同時進行で製作していたので、気力を維持するのに苦労しました。(多くの人はここで中断又は挫折すると思います)
 ちなみにブロンコと②ミニアートの履板パーツは連結可能ですが、モデルカステンと又はとは連結できませんでした。
 なお、マスタークラブのキット(MTL-35015)がⅢ号戦車A型~D型用なのかは購入して検証していないので何とも言えませんが(検証のために購入するには高価すぎる)、これから作られる方には、このキットの使用も選択肢の1つとして検討されてはと思います。(購入済みの人は情報提供願います。)
 さすがに履帯だけでここまで調べて模型を作る人はあまりいないと思いますが、何かの参考になれば幸いです。最後までご覧いただき、ありがとうございました。
 ご意見、感想などがありましたら掲示板「3号戦車A~D型」にコメントをお願いします。(2020年9月11日掲載)
 

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